櫛田美知子|Kushida Michiko

道なき未知を行く
車いすの看護師
「バリアフリーナース®️」

Profile
1957年10月15日生まれ、岐阜県大垣市出身。神奈川県横浜市在住。岐阜大学医学部付属看護学校卒。脊髄損傷の車いすユーザー。シングルマザーとして3人の娘を育てる「バリアフリーナース®️ (登録商標)」。看護師として長年勤務し、現在でも「なんでも相談室」にてカウンセリング業務を行う。
「一般社団法人Smile Again」代表理事として、小中学校での車いす体験のサポート活動や、講演活動、企業へのコンサルティング活動を多数行っている。

●取得資格:
看護師(国家資格)
ケアマネージャー(介護支援専門員)
普通自動車免許

●語学:
英語、日常会話程度

●プロフィール詳細:
岐阜大学医学部付属看護学校を卒業し、看護師として救急救命センターに勤務。29歳で結婚退職。子育て真っ最中の36歳のとき、事故で脊髄を損傷し、車いす生活となる。42歳の時、ケアマネージャー(介護支援専門員)としてして復帰し、シングルマザーとして3人の娘を育てる。45歳で東京都に転居し、再び常勤として看護師の仕事に取り組む。
その後は全身性障害者ガイドヘルパー養成講座(車いすの介助や障がいの理解)の講師を15年間勤めたのち、現在は重度訪問介護従業者養成研修講師として活躍。
現在は、「一般社団法人Smile Again」代表、「バリアフリーナース®️ (登録商標)」として、障がい者と健常者が共に生きる街づくりを行っている。

プライベートでは、車いすひとり旅でアメリカ~アジア~アフリカと、アクティブに世界を旅して周り、バリアフリーどころか、道もない、水もない旅の経験多数。講演などでこれらの旅の様子をユーモラスに語る。

2018年、60歳の時、29歳年下のナイジェリア人の男性と国際結婚。2018年2月に、ナイジェリアで結婚式を挙げた。型破りな精神と、未開の道を切り開く、パワフルな講演スタイルが魅力。

【略歴】
1957年 岐阜県大垣市に生まれる。
1978年 岐阜大学医学部付属病院(整形外科・脳外科)・県立岐阜病院救急救命センターに看護師として勤務
1986年 結婚し3女を出産
1993年 階段事故にて脊髄損傷(搬送されたのは、かつての職場である病院のICU)
    1年間の入院  
1994年 退院後、車いすで3人の子育てへ(受傷時、子どもは1歳・4歳・7歳)
    夫とは離婚
2012年 三女が20歳(受傷時1歳)の記念に、アメリカ大自然への記念旅行
2017年 4月「一般社団法人Smile Again」の代表理事に就任。
    11月バリアフリーナース活動として「西アフリカふれあい旅」
2018年 2月ナイジェリアにて結婚式


●こんな風に活動したい
看護師としての専門性を持った障がい当事者として、車いす生活の経験や意見を医療従事者目線で語り、発信できるのが強みです。
車いすのシングルマザーで3人の子育てをしてきた経験から、育児についての講演もできます。

またアジアやアフリカでの不便な環境の中を、車いすでひとり旅をしてきました。これまでは施設や学校での講演を中心にしてきましたが、今後は「バリアフリーナース®️」としてもっと活躍の場を広げていきたい。次世代の若者たちに、夢をあきらめないで個性を大切に挑戦していく気持ちをもってもらえるように、またダイバーシティーが認められるような社会になるように貢献したいと思います。

【講演テーマ】
・看護師が患者となり見えた医療 
・障がい当事者として体験した、医療介護・制度のはざま、地域社会との関わり
・生きる意味と幸せ

Work
・ 2018年6月26日発売 週刊女性「人間ドキュメント」掲載
・「三幸福祉カレッジ」全身性移動介護の車いす介助講師を14年間にわたり勤める。
・「バリアフリーナース(商標登録済)」として講演、研修講師の実績多数。

一般社団法人スマイル・アゲイン
バリアフリーナース®️ ロゴ
啓蒙用冊子(PDF8ページ。冊子はこちらからダウンロードできます

車椅子で世界を旅している(アフリカ、タイ・アユタヤ、ベトナム)

2018年2月24日、
ナイジェリアのローカルな教会で結婚式を挙げる

講演家・シンポジストとして活動中

「世界作業療法学会」にシンポジストとして登壇